鬼敲月下門
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Illustration by しょう。 |
歌曲名稱 |
鬼は敲く月下の門 鬼敲月下門 |
於2010年09月14日投稿至niconico,再生數為 -- |
演唱 |
初音未來 |
P主 |
てにをは |
連結 |
Nicovideo |
“ | 和風味なロックです。鬼っ娘のお話です。 緑茶など飲みながらごゆるりとお楽しみ下さい。 是首和風風味的rock。講述了有關鬼少女的故事。 請喝著綠茶慢慢享受這首歌。 |
” |
——てにをは投稿文 |
鬼は敲く月下の門是てにをは於2010年09月14日投稿至niconico的作品,由初音未來演唱,為てにをは的第二作。後經p主重編曲的鏡音鈴版本收錄於專輯「繡」。
歌曲
音樂、動畫 | てにをは |
曲繪 | しょう。 |
演唱 | 初音ミク |
【暫無搬運】
歌詞
本段落中所使用的歌詞,其著作權屬於原著作權人,僅以介紹為目的引用。
花も十七 娘も鬼よと
花亦妙齡十七 少女亦為鬼兮
暗い屋敷に 祀られて
昏暗宅邸中 被祭祀著
坐した少女は人身鬼面よ
端坐之少女乃人身鬼面兮
春の間に間に座敷を抜け出し
春意正濃 脫離祠堂
訪ねてまわる「もういいかい」
探訪兜轉 「已經可以了嗎」[4]
初めての外 初めての遊び
初次來到外界 初次的嬉戲
己が素顔も知らぬまま
連自己的平素麵容亦仍無所知
明けの藍 蒼鷺仰ぐ
拂曉之藍 仰望蒼鷺
洗朱の畔に薊あり
淡朱之畔薊花綻
鬼が来たりてカラコロリ
鬼來了木屐作響
乱髪結いてひらひらり
結起亂發翩翩飄舞
闇夜に火の粉はらはらり
暗夜中火星四濺飄然飄蕩
よくよくごらんぜよ
瞪大眼睛看好了喲
椿の首をかたわらに
將整朵凋零之山茶[5]置於一旁
寂しさだけを同胞に
僅將這份寂寞獻與同胞
春の野を駆ける
於春之原野奔馳
雉も鳴かずば喰われまいに
不說些有的沒的就不會被吃[6]
腥風を背に受けながら
脊背一邊掠過腥風
古戦場火よ照らしておくれ
古戰場之火呵照亮此處吧
散らした花がよく見えるように
為清楚看見那凋謝的花
行燈に燃ゆ羽虫がのたうつ
紙燈籠中所燃羽蟲痛苦撲棱之態
様をよく見てよしと言い
說是可要好好看看呀
ひとり襖に爪立て眠れば
若是獨自於隔扇踮起腳沉眠
袖にウワバミ 忍び込み
蟒蛇便會 悄然鑽入袖中
東雲の白鷺死せり
黎明之白鷺已然西去
赤銅の褥に樒
藉樒[7]為紅銅臥席
かあさまに手を引かれ
被母親大人牽起手
神楽を見ていた
一同看罷神樂舞
かあさまどうして
母親大人您為何
鬼の面を被っているの
戴著鬼之假面呢
鬼が来たりてカラコロリ
鬼來了木屐作響
乱髪結いてひらひらり
結起亂發翩翩飄舞
闇夜に火の粉はらはらり
暗夜中火星四濺飄然飄蕩
よくよくごらんぜよ
瞪大眼睛看好了喲
椿の首をかたわらに
將整朵凋零之山茶置於一旁
寂しさだけを同胞に
僅將這份寂寞獻與同胞
鳥居を潜る
潛於鳥居中
ひとりになってほろほろり
淪為孤身一人泫然淚下
乱心騙りくるくるり
發狂欺騙不曾停歇
彼岸と此岸ゆらゆらり
彼岸與此岸搖曳翩躚
春の野を駆ける
於春之原野奔馳
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注釋及外部連結
- ↑ 中文翻譯轉自LOFTER。
- ↑ 出自日本童謠「亥の子の歌」。「亥の子」為西日本在舊曆十月(亥月)慶祝的年中節日。孩子們聚在一起拜訪鄰里,並在房前唱著「亥の子の歌」,圍成一圈在地面附近搖動用茅草綁好的亥之子石。歌詞二三行為「祝わん者は 鬼産め 蛇(じゃ)産め 角の生えた子産め」(不慶祝的人 會生出鬼來 生出蛇來 生出長角的孩子來),孩子們唱著這句在鄰居家門前擺出嚴酷的表情向家主討要「亥の子餅」。後半為數數歌。
- ↑ 日本神道中作為「祝詞」(神職者在神社,於祭典或參拜等場合向神明奏上的重要之語)。通常被認為是接近神明、擁有強大言靈的言語。本句漢字可寫作「恐み恐み」,表示極高尊敬、崇拜,以至不禁畏縮、惶恐之程度。
- ↑ 日本小孩子所做遊戲「鬼ごっこ」中會用的慣例句,也就是常說的捉迷藏。當鬼的孩子蒙上眼睛倒數完後會問一句「已經好了嗎」,如果收到肯定回答就可以開始尋找。
- ↑ 花之首(脖頸),蓋指花蒂處。山茶花(特別是白山茶)凋零時從「花脖子」(花蒂)處整朵落花,情態如同割喉斷首一般,從明治年代開始被認為是不吉的象徵。
- ↑ 出自諺語「雉も鳴かずば撃たれまい」。原句原義為「雉如果不叫的話就不會被獵人發現、不會被襲擊」,引申為「不說多餘沒用的話就不會給自身招致災厄」,此處逕取意譯。
- ↑ 經常用於葬儀、主要應用於佛教場合的花。