コールドケース
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歌曲名稱 |
コールドケース cold case |
於2021年7月3日投稿至niconico,再生數為 -- 同日投稿至Youtube,再生數為 -- |
演唱 |
可不 |
P主 |
wotaku |
連結 |
Nicovideo YouTube |
作詞/作編曲/ 混音/伴奏吉他 |
wotaku |
演唱 | 可不 |
主旋律吉他 | Langley |
貝斯 | はやと |
鼓演奏 | 篠田"しのぴ"千寿 |
鼓錄音 | 石野洋一郎(Crunch Studio) |
母帶 | 山口雄(Warner Music Mastering) |
曲繪 | 水豹 |
映像 | あるし |
wotaku本人曾在推特上表示「「cold case」是我一邊回憶著學生時代的往事一邊創作的。 我希望它能成為與正煩惱著道路選擇與就業的人們相近的曲子。」
本曲為wotaku首個使用可不為演唱歌姬的投稿。
歌曲
寬屏模式顯示視頻
歌詞
- 翻譯:_冰凌薔薇_
本段落中所使用的歌詞,其著作權屬於原著作權人,僅以介紹為目的引用。
コールドケース
cold case
教育を謳った芝居も
裝作主張著教育的同時
集団自殺の応援
也是集體自殺的應援
「禍福だ」とか言い訳に聞こえる
從他們口中傳來了「這就是人生的大起大落」一類的說辭
将来はどうしたいの?
將來想做什麼呢?
勝算はとうに無いよ
反正勝算早已失去
助けてなんて言えないくらいにもう
呼吸愈漸困難 已經連「救救我」
酸素が足りないんだ
也說不出口了啊
他人のようにクランクアップを待ってる
與觀眾一同等待著電影的收場的我
逃げ場が無いなら座っていよう
無處可逃 只好坐以待斃
明日はどうか目が覚めませんように
祈禱著明天不再醒來
希望は無い 救いは無い
沒有任何希望 沒有任何救贖
分かってる
這一點我是清楚的啊
脅迫的なカレンダーがやけに目についた
逐步逼近的日曆異常地顯目
最後の夏が映画みたいにさ
最後的夏日就如同電影一般
自分が溺れてる実感も無いのが漠然と不安で
儘管沒有自己正逐漸溺亡的實感卻仍是漠然與不安地
信号が変わっても先が見えない夜の廃都
佇立於這儘管變為綠燈卻仍是望不到前路的夜之廢都
掛け替えのない夢が 憧れていた理想が
無可替代的夢想 曾憧憬著的理想
いつのまにかファンタジーになった
不知何時已經變成了空想
放課後の黄昏と君の輪郭も
就連放學後的黃昏與你的輪廓
絶望が書き消してしまった
都被絕望所覆蓋抹消
摩訶不思議なフィクションも飽きたな
令人驚嘆的小說我也已經看夠了
むしろ傷が開いて膿むだけ
這反而只會揭開舊傷化膿而已
しょうがないとか
無可奈何之類的
悟りめいた狂言じゃ
釋懷了一般的狂言
満たされない
是遠遠不夠的啊
黙れと言って声を奪ったくせに
明明是你讓我閉嘴奪走了我的話語權
歌えだなんて都合が良いんだな
卻讓我歌唱 還真是方便呢
未来がこんな壊れ切った現状に
未來是這等已經徹底崩壞的現狀
理解が無い
完全無法理解
いや、本当は
不 其實
分かってる
我很清楚的啊
分かってるんだろ
我再清楚不過了吧
不可能なんだ
不可能的啊
こうなった原因なんて無い
沒有任何造成這樣的起因
先生は正しい事を言ってた
老師早已為我們指明了道路
なら感情は 暴力は
那麼這份感情 這份暴力
この過負荷は
與這份超負荷
死ぬまでただ背負うしか無いのか
至死為止都只能背負著走下去了嗎
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